情報発信は学ぶだけじゃできません

公開日:4/6/2026}

情報発信

学んでるのに、何も言葉が出てこねぇ

信じた発信者の言葉を深く辿り、
教材を何度も何度も、繰り返し音読までした。

あの成功者の音声は、擦り切れ裏ほど聞いたし、
実は極秘に、「秘密の」オープンチャットで、
公開されていない情報まで持ってる。

なのに、
自分の投稿をしようとすると、
言葉が一言も出てこない。

そう、一言も。

学びと行動の食い違い

学んだことがいかせない。

そんなこと、何度もあった。

そして悔しいことに、

学べば学ぶほどに、
そんなドツボにハマっていく。

これまでの人生で多くの場合、
学びは即、行動できるものだった。

「ギアを入れて、アクセルを踏む。
 すると車は動き出します」

あとは実際に車に乗って、
その微妙な感覚を身につけるだけだ。

確かに、座学と実践には大きな差はある。

けど多くの場合、
座学で学んだ内容を、実践で確かめていく…
このことに違いはない。

要は、

座学で学んことを素直に実践で試してみる

これが可能だった。

なのに、、、

情報発信においてはちょっと違う。

「冒頭で興味づけできなければ、
 その文章は世にないのも同じ」

わかった。

「興味づけにはいろいろ方法はあるけど、
 まずは読者の悩みを言い当てるようにしてみよう」

わかった。

「読者の悩みを分かった上で、
 『それってこういうことですよね』と、
 さらにふかぼって表現してみよう」

わかった。

……

でもできない。

学んだ量と
学んだ深さと、

理解の度合いと、
理解の内容。

そんなものに関係なしに、
できないものはできない。

分かっちゃいるけど、できないもんはできない。

情報発信において、

学んだことが成果につながるのか?

以前に、

学んだことが現場でできるのか?

かが問題になる(ことが多い)。

これって私だけなんかな…汗

学んだことがなぜできないのか?

学んだだけでは実行できない。

それって、実は情報発信だけではない。

例えば楽器。

ピアノにしろギターにしろ、
楽譜にこう書いてあれば、この場所を弾く。

そう学んだとしても、できるかどうは別問題。

これは、上手い下手の話ではなくて…
単純にできるかできないか?の話。

この場合、慣れとか、指の動きの訓練も必要。
だから、学ぶだけじゃできない。

あとはそうだな、、、

さっき例に出した、車の運転。

これも実は、学んだだけじゃできるようにならない。

確かに、
「ギアを入れて、アクセルを踏む」
これができれば、車は動く。

でも運転がそれだけか?と言えば、もちろんそうではない。

ブレーキもあるし、ハンドル操作もある。

これらは、実査に操作してみないと、
どの程度動かせば、車がどう動くのかがわからない。

いくら言葉で、
「ハンドルを90度右に着れば、車はこれくらい右に進みます」
と教わっても、やってみるまではわからない。

そして実際、
ハンドルを何度きるか?なんて、運転中には考えたりはしない。

楽器も、運転も、
体で覚える、という領域がある。

では、、、

情報発信もそうなのか?

そうでもあるし、
それだけではない。

情報発信を学んでもできない理由

楽器や運転には、体で覚えるという領域がある。
(もちろんそれ以外にもあると思いますが…)

情報発信は…?

まず先ほどの「冒頭に興味づけ」の例。

実はこれだけでは、「わかるけど、できない」んだ。

もっと言えば、
わかるほど、できなくなる。

どういうことか?

「100万円あったら、何がしたいですか?」

これは、よくある(かもしれない)ビジネス系発信の冒頭。

確かに興味はひく。
なんでって、
私もあなたも、「お金を稼ぎたい」と思って情報発信を学んでいるから。

「お金」というものに初めから興味がある。
だから、興味づけされる。

ということは、

「お金よりも、心と体の健康が欲しい」
と思っている人にとっては、興味づけにはならないんだ。
少なくとも、強く興味づけはされない。

でもここがわからない。

自分をメインに置いていると、
自分主体の視点しか見えていないから。

他の考えの人もいる。
そのことに思いが至らない。

いや、、、
至っているのかもしれないけど、
例に出された言葉しか、想像ができなくなっている。

ここが学びの落とし穴。

ターゲットとかペルソナとか、、、

届けたい相手が、100%教材と同じで、
尚且つ、自分自身もそのことについて語れるならば、
教材の真似でもいいし、視野はそのままでもいいかもしれない。

でも、微妙に違うんだよね。

この「微妙に違う」。

これが実は、
情報発信を学んでもうまくできない正体。

「100万を手に入れたら」
という興味づけは、

それこそ、
「会社を辞めて、情報発信で食っていきたい」
って人への興味づけで、、、

「月に一度くらい、贅沢なランチができればい」
という人には、響かない。

響かないというか、
深くは引き込まれない。

なぜか?
「自分には関係ない話」
になってしまうから。

ね?
同じお金を稼げるという情報でも、
受け手の微妙な違いによって、響く内容は変わるでしょ?

ここの微妙な違いの修正を考慮しなければ、
「学んでもできない」は卒業できないんだ。

でも多くの教材では、そこを真剣には教えてはいない。

「真似すればいい」
確かにこれは、実践的な学びとなるかもしれない。

でも、

真似するなら、全てを真似しなければいけない

言葉だけ、
テンプレだけ、
表現だけ、

ノウハウだけ、
喋り方だけ、
アカウントのアイコンだけ、

それだけじゃ、
一生、本当の意味での学びは終わらない。

学ぶのはその考え方

だから、情報発信で本当に学ばなければいけないことは、、、

どんなプラットフォームで、
どんな言葉を使って、
どんなアカウントプロフィールで、、、、

とか、そんなことじゃなくて、、、

どんな想定読者(ターゲット・ペルソナ)だから、
冒頭にこんな表現をしてるんんだ…

とか、

じゃあ、自分のそうて読者なら、
こんな言葉や表現が当てはまりそうだな、、、

とか、

そんな、考え方を学ぶべきなんだと思う。

乱暴に、

「稼ぎたければ、真似をしろ」

なんて、そんな言葉しか出てこないコンサルタントもいる。

真似をしろ、、、っていうのは、

「じゃあ、とりあえず実際に車を運転してみようか」
という、実践ベースの訓練に近い。

実際に発信してみて、
ズレに気づき、
そのズレの原因を分析して、

「冒頭には興味づけ」
の本当の意味を知る。

で、要は

情報発信は、

ダメダメ尽くしだけど、
最終的に、自分で考えるというひと手間が必要なんだと思う。

やってみて、考えて、修正する

学んでも一言も出てこねぇ。

それは、自分で自分の読者のことを考えてないから。

おっと、、、汗
そんな厳しいことを言うつもりはありませんでした。

し、、、
何よりこれは、私自身に向けた言葉でもあります。

ここに気づけば、
何十万円も、下手したら3桁万円も、
コンサルタントに払わなくても、ある程度まではいける。

私はそう思っています。

だから私は決めました。

学ぶことは充分に学んだ。
あとは実践。

実践しまくって、
ズレをたくさん感じること。

そのズレはなんなのか?
そこを考える。

1回2回の実践じゃ、ズレに気づかないかもしれない。

だから、とにかくまずは手を動かしてみる。

楽器も運転も、、、
スポーツも、勉強も、
みんなそうでしょ。

座学で頭を満たしたら、
あとはとにかく実践あるのみ。

だから私は、
今日もどこかのプラットフォームで発信してますよ!